大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和44年(わ)388号 判決

主文

被告人長谷川を罰金二、五〇〇円に、被告人斎藤を懲役一〇月に処する。

被告人長谷川においてその罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)同被告人を労役場に留置する。

被告人斎藤に対し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用〈略〉。

理由

第一被告人長谷川に対する建造物侵入、被告人両名に対する各傷害被告事件について(昭和四四年(わ)第二二五号事件関係)

(事実)

(被告人らの地位および事件発生までのいきさつ)

被告人長谷川は、昭和二六年に郵政省に入り、昭和三二年以降仙台市所在の仙台東一番丁郵便局に郵政事務官として勤務するに至つたものであるが、本件当時である昭和四四年五月一日には全逓信労働組合(以下全逓という)仙台地方郵便局支部書記長の地位にあつたもの、被告人斎藤は昭和四一年に郵政省に入り、同年以降仙台市所在の仙台中央郵便局第一集配課に事務員として勤務し、本件当時である昭和四四年五月一日には全逓宮城地区本部青年部常任委員の地位にあつたが、これよりのちの昭和四四年九月二九日仙台郵政局長から懲戒免職処分を受けたため、後記第二の犯行当時である昭和四四年一一月六日には全逓宮城地区本部書記として勤務していたものである。

仙台鉄道郵便局(以下鉄郵局と略称する)は、仙台市東三番丁三二番地に本局(その局舎を鉄郵局舎という)をもち、仙台を始めとする東北の各主要駅に駐在員、列車内に乗務員をおいて鉄道の郵便輸送を所管する郵便局であるが、昭和四四年五月当時ここに働いていた職員のうち管理者、非適職員(労働組合法二条一項に定める職務の性質上組合員となれないもので管理職以外のもの)を除く約五〇〇名のものは全逓宮城地区本部に所属する仙台鉄郵支部(以下鉄郵支部という)を構成し、その組合事務所(書記局)を鉄郵局舎内に有していた。

当局側では、昭和四一年庶務課長に就任した佐藤義男らを中心として職員の正常な就業、職場秩序を計るためと称し、昭和四三年一一月山形県上の山市で、昭和四四年三月中旬には仙台市近郊の松島町で中間管理者に当る主事、主任の会合を開催し、同年四月一日以降は主任以上の職員にネームプレートの着用を命ずる等一連の管理対策を推進してきたところ、鉄郵支部ではこれらの対策はいずれも職制強化につながるものであるとして反発し、全逓宮城地区本部は、昭和四四年春期闘争の一環として、「組合抑圧政策を強めている仙台鉄郵当局に対しては組織への攻撃がかけられたものとして地区内の総力をあげて闘争を組織する」旨決定、同年四月一二日には具体的に「同月一五日以降、鉄郵当局に対する抗議行動として仙台市内の支部組合員を動員する」旨方針を決め、右決定は、四月一五日以降の全逓の在仙組合員によるほとんど連日に亘る抗議行動となつて具体化し、青年部を中心として連日三〇名近くが動員され、鉄郵支部組合員と一緒になつて当局に対して、庁舎デモ、ビラ貼付、抗議集会等一連の抗議行動が行なわれるに至つた。

これに対し、当局側では、四月一五日以降警戒体制に入り、入門規制、看視班の増強等により、局舎の秩序維持に当たつていたが、特にその入門規制の実態は、第一次として四月一六日以降四月二一日まで夜間正面玄関で出入りするものにその事由を問いただして規制、窓ガラスは釘付けにし、玄関以外の出入口には特別の施錠、第二次として四月二二日以降五月一日に至るまでは、朝自局員の出動後直ちに右と同様の規制に入るという形で漸次強化され、この様に両者間の対立が次第に尖鋭化するなかで五月一日を迎えたのであるが、その日はたまたまメーデーにあたつたので、支部組合員も、労働団体主催のメーデー行事に参加するため朝、鉄郵局舎前に集合したのであるが、その際前記佐藤義夫が集合した組合員に対し、「特定の政党を支持するようなプラカードは避けるように」と述べ、プラカードを持つた組合員の写真を撮らせたりして若干のトラブルがあつた後支部組合員はメーデーに出発し、当局ではそのメーデー行事終了後、全逓労組員による抗議行動を予測し、職員登庁後正面玄関出入口を除く局舎各出入口を施錠し、午後からは正面玄関出入口も施錠して入門規制を行ない警戒に当たつていた。

当日午後二時ころ、メーデーに参加した鉄郵支部労組員、他局の労組員等四、五〇名が鉄郵局舎玄関前にやつてきて、右のうち鉄郵支部労組員らはメーデーに使つたプラカード類を前記組合書記局に片づけ、朝、書記局内に置いていつた荷物をとるため局舎内に入ろうとしたところ、局舎はすべて施錠され、入口には管理者が監視し、これら管理者は組合の抗議にかかわらず、佐藤庶務課長の命令だと言つて局舎入口を開けようとしなかつた為、結局三時二〇分頃路上でデモを行い、シュプレヒコールで気勢をあげたのち、プラカード等は隣りの鉄道弘済会の方に預け、荷物は局舎内から内にいた労組員からとつてもらつて一旦は解散した。しかし、この事態に憤つた支部組合では、この状況を宮城地区本部へ報告し、同地区本部では、当日も四月一五日以降行なつていた鉄郵当局への抗議のための集会を予定していたところヘメーデー終了後の鉄郵当局の強硬措置についての報告を受けたので、同日は通常の動員者による抗議集会以上に大量の動員による抗議集会を開催し、当局に対して従来の抗議行動の目的に加えてメーデ当日の措置に反省を求める旨決定し、その結果、同日五時までに宮城地区本部は在仙の仙台中央、仙台東、仙台南の各郵便局の全逓各支部に対して事情を説明した上鉄郵局抗議集会への緊急の追加動員を要請した。

動員要請を受けた右各支部では仙台中央郵便局支部(以下中郵支部という)組合員を中心として午後四時三〇分ころから鉄郵局舎玄関前に集まり始め、午後五時ころにはその人数は約五〇名を数え、被告人長谷川は右抗議の集会に参加すべく午後四時四〇分ころ鉄郵局舎前に赴いた。

被告人らが同所に到着した時には、集会を指揮すべき宮城地区本部の執行委員はいまだ誰も到着しておらず、そこに集まつた組合員らは、局舎の扉を叩いたり、あるいは扉を足蹴にしたりしながら中にいる管理者に向つて「開けろ」と叫び喧騒を極める状況となつたので、これをみて不測の事態が起こるのを懸念した仙台中郵支部執行委員長加藤高男は、監督者の指示が行き届くようそこに集まつていた右組合員を鉄郵局舎各出入口に三つに分散させた。その後も組合員は、扉を鉄郵当局の管理者が開かないことに対して抗議をつづけ、宮城地区本部からの指揮者の到来を待つていた。

而して被告人長谷川は正面玄関入口の責任者とされたので、その場で右抗議の意思を表示していたところ、退庁時刻の午後五時が過ぎてもなお管理者らが一向に開錠せず、内部で勤務していた組合員を出そうとしなかつたことから、「勤務の終つた人を帰しなさい」等叫んでいるうちに鉄郵管理者が鉄郵局舎から郵政互助会仙台地方本部へ通じる廊下(以下北渡り廊下という)の方へ移り、組合員数名と、「窓をあけるなら、あけてみろ」といつたような言葉のやりとりをしているのを見て、他の労組員約一〇数名とともに、右北渡り廊下窓の下に移動した。

(罪となるべき事実)

一  被告人長谷川は、鹿野司ら一〇数名の全逓宮城地区本部傘下の組合員と、昭和四四年五月一日午後五時五分ころ前記鉄郵局管理者の労務管理政策および同日のメーデーに参加した支部組合員に対する取扱いに集団で抗議する目的をもつて、鉄郵局舎北渡り廊下東側窓下に至つたところ、被告人長谷川らより一足先に同所に移動していた鹿野司他数名の者が同所で窓を叩き、窓を持ち上げる等して局舎内立入りを図つたため前記のように窓全部を施錠し、玄関の各出入口の扉を締め、要所に警備のための管理職員、非適職員を配置して警備措置をとつていた当局側が、右鹿野らの行動を認めて北渡り廊下の警備の管理職員を増加し、窓を押える等して前記鹿野ら集団の局舎内立入りを阻止する態勢をとつたのを認めたが、そのうちあくまで局舎内侵入の目的を達するため右鹿野司、鈴木鳩彦、小沢某、渡辺某の四名の者が北渡り廊下東側南端から二番目の窓枠下部に木片をつつこんで窓枠ごと持ち上げる方途に出たため、施錠された窓のガラス戸二枚が窓枠ごと外れた際、右四名の行動を近くでみており、同人らの局舎内侵入の意思を察知し、右四名の者および被告人長谷川とともに同所へ移動してきた他の一〇数名の組合員とともに、意思を相通じたうえ、ガラス戸のはずれた窓から数名の組合員が佐藤義男ら管理職員に体当りして仙台鉄郵局長常陸銃郎の看守する鉄郵局舎内に侵入したのに続いて自らも同局舎内に故なく侵入し

二  被告人斎藤は、同日午後五時六分ころ、局舎湯沸室において他の管理者とともに警戒に当たつていた管理者である計画課長中野正男が、同室出入口の扉が労組員らによつて開放されそうになつたので、他から応援を求めるため同室を出て、同局舎内調査課倉庫前廊下にさしかかつた際、正面玄関前廊下において労組員らに対し抗議していた自己の課に属する服務係佐藤義泰が氏名不詳の労組員に胸倉を掴まれているのを目撃したので、これを制止すべく、「現認したぞ」と叫んだところ、他の労組員約一〇名とともに付近の同局舎内一階調査課送状綴保管室前廊下において、前記中野を取り囲み、共謀の上、被告人において同人に二度体当りして右送状綴保管室の廊下側板壁に身体を打ちつけ、他の労組員において同人を転倒させた上、こもごも殴る蹴る等の暴行を加え、よつて右中野に対し、約二週間の加療を要する鼻根部、左眼部、右下顎部および左腰部の各挫傷ならびに左眼瞼擦過傷、左眼結膜下出血の傷害を負わせ

たものである。

(証拠の標目)〈略〉

(被告人長谷川について一部((傷害の点)無罪の理由)

一被告人長谷川に対する公訴事実には、判示事実の建造物侵入のほかに同年五月一日午後五時六分頃、労組員約七名と共謀の上、局長室に通ずる鉄郵局舎内一階東階段において、警備中の佐藤義男に暴行を加えて傷害を負わせた事実が含まれている。

〈証拠〉を総合すると、昭和四四年五月一日午後五時六分頃、鉄郵局舎内、局長室に通ずる一階東階段において、当時鉄郵局舎内に侵入した労組員のうち何者かが警備中の佐藤義男のネクタイを掴んで手前に引つ張り、廊下にひきずり降ろしたところで、他の五、六人の労組員が同人の顔面、頭部、腰部を殴打、足蹴にする等の暴行を加え、同人が二階に難を避けるため一階東階段をあがりかけるや、前記ネクタイを引つ張つた男が佐藤義男の胸倉を掴まえて引つ張り、転倒させた所で顔面を殴打し、さらに他の者の足を掴まえて振り回す暴行を加え、よつて同人に対し、約三週間の加療を要する右眼角膜裂傷、右眼瞼裂傷、右眼部挫傷および切創、両大腿部挫傷の傷害を負わした事実が認められる。

二犯人と被告人長谷川とを結びつける証拠

第三、第四回公判調書中の証人佐藤義男、同奈良由道、第五回公判調書中の同佐藤義男(以下佐藤義男の供述部分を佐藤義男証言、奈良由道の供述部分を奈良証言という。)の各供述部分によれば、前段佐藤義男に加えられた暴行のうち、最初、一階東階段においてネクタイを掴んで前に引つ張り、廊下に引き落した男は被告人長谷川であり、さらに右のうち特に佐藤証言は胸倉を掴んで引つ張り、転倒させられた所で顔面を殴打した男も被告人長谷川である旨供述しており、第五回、第六回公判調書中の証人中山正男の各供述部分(以下本節では中山証言という。)は、一階東階段において、佐藤義男のネクタイを掴んだ人が誰であるかは確信がないとはいうものの、右佐藤義男、奈良両証言とほぼ一致した供述をなすことによつて前記佐藤義男、奈良両証言とともに被告人長谷川と本件犯人とを結びつける有力な証拠となつている。

三右被告人長谷川が佐藤義男に対する傷害の犯人として特定させた証拠取得の経緯

被告人長谷川の当公判廷における供述、前段佐藤義男、奈良、中山各証言、右三名の司法警察員に対する各供述調書(八通)、証人菊地博、同曳地邦男の当公判廷における各供述、第一〇回公判調書中の証人阿部孝夫、同宍戸幾治の各供述部分、別件取寄にかかる被告人吉田敬三外一名に対する略式手続確定記録(全二冊)および右両名に対する起訴状および略式命令の謄本各二通を総合すると次の事実が認められる。

(1)  昭和四四年五月一六日午前六時から午前九時頃までの間に仙台中央警察署(以下中央署という)は、本件被告人両名を含む全逓宮城地区本部菊地博、同大井紘一、全逓仙台地方郵便局支部副書記長吉田敬三、同支部執行委員阿部喜八郎、全逓組合員曳地邦男、同柿崎慶二、同石川雄一、同加藤雅弘の一〇名を「昭和四四年四月三〇日午後三時五八分から同日午後四時五七分ころまでの間、仙台市南町七番地所在の仙台中央郵便局長室において、右組合員らが、共同して写真機を奪取し、フィルムを感光させ、ガラス一枚を破損し、同局管理者に暴行を加えた」等の暴力行為等処罰に関する法律違反等(以下中郵事件とよぶ)で通常逮捕した。

(2)  逮捕後右被疑者らは、逮捕状記載の引致場所である中央署に留置され、同所で同年五月一六日指紋を採取されたほか、正面と横向きの顔写真二枚ずつを撮影された。

(3)  右被疑者らは、同年五月一七日仙台地方検察庁(以下仙台地検という)に事件送致され、翌日一八日仙台地検において全員指紋採取および顔写真を撮影された。

同日仙台地検は被疑者石川雄一、同菊地博、同柿崎慶二の三名を釈放した。

(4)  而して、本件被告事件を含む鉄郵局舎内で起つた建造物侵入、傷害等の刑事事件(以下鉄郵事件とよぶ)は中郵事件翌日である昭和四四年五月一日午後五時過ぎに起つたのであるが、前記のとおり鉄郵事件は鉄郵局員によつて惹き起こされたものではなく、宮城地区本部によつて動員要請されて参集した他局労組員によつて惹き起こされた刑事事件であつて、鉄郵局舎内に侵入した労組員の多くは鉄郵管理者と一面識もなかつた。

特に被告人長谷川と前記佐藤義男、奈良由道、中山正男とは一面識もなかつた為、鉄郵事件の被害者である管理者は、自己又は同僚管理者の加害者を特定することができず、鉄郵事件の捜査当局としても、右加害者の特定に苦慮していた。

そこで、捜査当局としては、中郵事件で前記一〇名の被疑者が逮捕されたところから、右逮捕を利用して鉄郵事件の犯人を特定するため(もつとも、中郵事件での逮捕が鉄郵事件のための別件逮捕であるか否かは後記四で検討する。)、五月一六日から五月一八日までの間に前記佐藤義男、奈良由道、中山正男、中野正男、阿部豊蔵らの鉄郵管理者は、中央署から連絡を受けて、鉄郵事件の犯人を特定するため、中郵事件の逮捕者一〇名の顔写真(勿論、前記逮捕後撮影された顔写真である)を見せられたうえ、右被疑者らが中央署で取調べを受けている部屋を窓からのぞいたり、あるいは、被疑者らが廊下を歩いていく姿を見せられたりした。

しかし、佐藤義男を始め、奈良由道、中山正男とも前記の確認方法ではいまだ本件鉄郵局舎一階東階段で佐藤義男に暴行を加えた労組員を確信をもつて特定することができなかつた。

(5)  その後、昭和四四年四月一八日、前記釈放した三名を除く七名の逮捕者について仙台地検は、仙台地方裁判所(以下仙台地裁という)に勾留請求をなしたが、翌一九日仙台地裁勾留係裁判官により勾留質問がなされ、右裁判官は勾留の理由なしとして全員につき勾留請求を却下した。

右仙台地裁で勾留質問が終つた後、鉄郵管理者に面通しをさせ、鉄郵事件の被疑者を特定するだけの目的で、捜査官によつて、七名の被疑者全員は逮捕状記載の引致場所と異る仙台北警察署(以下北署という)に連行され、長谷川正、加藤雅弘、曳地邦男、吉田敬三、阿部喜八郎、斎藤正規、大井紘一の順にマジックミラー(被疑者らからは鏡の向うは見えないが、他の者は鏡の向こうからは被疑者らが見える鏡)の取付けられた部屋に入れられ、別室から前記五名の鉄郵管理者らによる面通しが行なわれ、右面通しの結果、佐藤義男、奈良由道、中山正男は被告人長谷川を本件佐藤義男に対する暴行傷害の犯人として自ら確信を持つて特定するに至つたのである。

右北署での面通しについては、七名の被疑者自身事前に事情を打明けられることもなく被疑者の中にはマジックミラーの仕掛けすら気付かない者もいた。

以上認定した事実から明らかのように、前段被告人長谷川を佐藤義男に対する暴行、傷害の犯人として特定させるに足る佐藤、奈良、中山の各証言は、右三名の者に被告人長谷川を含む中郵事件の逮捕者の顔写真を見せたり、面通しをさせたりしたのち最終的には北署でのマジックミラーによる面通しをした結果得られたものである。

四佐藤、奈良、中山の各証言中、本件佐藤義男の暴行、傷害の犯人として被告人長谷川を特定した部分の証拠能力(別件逮捕の主張について)

(一)  弁護人らは、右各証言は、被告人長谷川の中郵事件による違法かつ不当な別件逮捕による身柄拘束のもとで収集されたものであるから、証拠能力を欠く旨主張し、検察官は中郵事件による逮捕は別件逮捕にあたらない旨主張する。

そこで、この点を考察するに、被疑者の逮捕中に(別件逮捕の問題は同時に別件勾留の問題としても検討しなければならないが、本件では勾留の事実はないので、もつぱら逮捕だけに限定して検討する。)逮捕の基礎となつた被疑事実以外の事件について当該被疑者を取調べたり、その他被疑者自身から証拠資料を獲得すること自体は、法の定める強制捜査の方法に基づくかぎり、別段禁ずるところではないが、そこには令状主義の原則を定める憲法三三条並びに国民の拘禁に関する基本的人権の保障を定める憲法三四条の規定に照らして、自ら一定の限度があるというべく、例えば、典型的な別件逮捕として論ぜられる専ら適法に身柄を拘束するに足りるだけの証拠資料を収集し得ていない重大な本来の事件(本件)について被疑者を取調べ、被疑者から本件の証拠資料(自白)を得る目的で、たまたま証拠資料を収集し得た軽い別件に藉口して被疑者を逮捕し、結果的には別件を利用して本件で逮捕して取調べを行なつたと同様の実を挙げようとするが如き捜査方法は見込捜査の典型的なものというべく、かかる別件逮捕は、逮捕手続を自白獲得の手段視する点において、刑事訴訟法の精神に悖るし(同法六〇条一項、刑事訴訟規則一四三条の三参照)、また別件による逮捕・勾留期間満了後に改めて本件によつて逮捕、勾留することが予め見込まれている点において、公訴提起前の厳しい時間的制約を定めた刑事訴訟法二〇三条以下の規定を潜脱する違法、不当な捜査方法であつて、根本的には前記憲法三三条、三四条の規定の趣旨に違反して当該被疑者は本件について、実質的には裁判官が発し、かつ逮捕(勾留)の理由となつている犯罪事実を明示する令状によることなく身柄を拘束されたものであることは明らかである。

しかし、別件逮捕として許されない場合は右にかぎらず、前記憲法三三条三四条の規定の精神に照らして、実質的に判断すべきであり、問題は令状主義不法拘禁からの自由の立場から令状記載の事実以外の事実について強制捜査することが捜査の便宜と被疑者、被告人の人権との比較衡量上、前記憲法の規定に照らし、どこまで許容されるか、いいかえれば余罪捜査の限界如何という点から検討すべきである。

しかる時は、一般に刑法における併合罪に関する規定と、刑事訴訟法における訴訟経済の原則から、量刑上被疑者・被告人に有利に働くことがある点と、捜査・審判の反覆を避け得る点を考慮し、できるだけ同時に捜査・審判することが被疑者・被告人につき長期の身柄拘束を避け、人格を尊重することになる場合があり得るし、他方捜査官の立場から考えた場合、捜査は勿論弾力的発展的であり、杓子定規に事件単位の原則を貫くことは捜査官に不能を強いる結果ともなりかねない。しかし、逆にひとたびある被疑事実で身柄が拘束されれば、その後はどのような犯罪事実の捜査にもこれを流用しないし拡張することができるとした場合は、複数の被疑事件がある場合に捜査官側で密行的強制捜査を得策とする事犯については、逮捕勾留の被疑事実とせず、被疑者側に捜査していることが明らかになつても支障のない事犯のみを被疑事実として逮捕勾留するが如き捜査テクニックが横行する結果ともなりかねない。この点については、甲事実(逮捕の基礎となつた被疑事実)について逮捕の必要性が存続し、許される強制捜査の時間的制約の範囲内において、かつ余罪たる乙事実の捜査を手続上明示しないままの形ですすめることが裁判所に課せられた司法的抑制機能をくぐり、被疑者の防禦権を実質的に阻害することにならない場合に限定して、このような捜査が是認されると考えるべきである。それは、例えば、甲事実の取調中に被疑者自身からすすんで乙事実を自白した場合、乙事実が甲事実に比較し、より軽微で令状主義を潜脱する恐れがない場合、甲事実と乙事実とが包括一罪の関係にあるとか、刑法五四条一項に定める観念的競合、牽連犯とか密接なつながりのある同法四五条の併合罪関係にある場合等に限定された場合の他は、本来の原則にたちかえつて、乙事実(本件)自体についての逮捕、勾留を求めて手続を明確にすべきである。

ただ、余罪捜査の限界如何という問題については、右のような基準が一応建てられるとしても、なお本件弁護人の別件逮捕に基づく違法収集証拠排除の主張には次のような特殊性が存する。即ち、弁護人が違法収集証拠として排除を求めている証拠は、通常の別件逮捕において問題となる被告人の供述証拠(自白)ではなくして、本節三認定の中央署、北署で鉄郵管理者に対してなされた被告人両名を含む中郵事件被疑者の顔写真の提示、面通し、その結果得られた被告人長谷川と鉄郵事件における佐藤義男に対する暴行、傷害犯人を特定した右鉄郵管理者の当公判廷における供述部分であつて、そこには被疑者自身に対する取調の如くそのこと自体が被疑者自身の自由に対するある程度の制約が伴なう場合と異なつてその捜査方法それ自体が通常の方法で行なわれるかぎり被疑者の自由に対する何らの制約を伴なうものでないこと、そこに被疑者(あるいは被告人)の基本的人権に対する侵害が考えられるのは右捜査方法が、他の手段と結びつく場合、例えば本件に則していえば、被疑者の写真撮影だけのため、あるいは鉄郵管理者に面通しをさせる目的だけのために被疑者の拘束を開始したり、被疑者の拘束を継続させるかぎりにおいてである。

従つて、本件において許される余罪捜査の問題も前記の基本的基準を前提としながらも右本件の特殊性に応じて自ら修正されるというべきである。中郵事件、鉄郵事件が前記余罪捜査の限界の基準に照らせば、前掲各証拠によつて認められるように、両者がいわゆる牽連犯、観念的競合にないことはもとより密接な関係を有する併合罪でもないこと、事件の軽重からいえば明らかに鉄郵事件が重大犯罪であることは明らかであり、又鉄郵事件の捜査の過程で始めて明らかとなつたものではなく、捜査当局においては、両事件がほぼ時を同じくして捜査が開始されていたことは明らかであるが、ただそれのみによつて被告人らに対する鉄郵事件のための捜査方法が余罪捜査の限界を超えたということはできず、なおかつ右要件の存在のほかに右捜査の時期に中郵事件における被疑者拘束の合理的根拠又は被疑者に対する強制捜査が可能な時期であつたか否かという点が問題となる。右の観点から本件弁護人の主張の当否を判断しようとするなら、その検討の対象は次の二つの点即ち(1)被告人長谷川を含む中郵事件における逮捕、それ自体が鉄郵事件の捜査目的だけのためになされた違法な別件逮捕に該当するか否か、(右逮捕が右の意味での違法な別件逮捕である場合は、そのこと自体において前記面通し等の捜査方法は違法であるが、結果がしからずとされた場合においてはなお)(2)鉄郵管理者に対して被告人らの面通しが行なわれた時期において強制捜査が可能な時期であつたか否かという点に集約されてくるわけである。

(二)  そこで、まず、被告人長谷川らに対する中郵事件における逮捕それ自体が右にのべた違法な別件逮捕に該当するかどうか、また、中央署における面通しの時期において中郵事件における被疑者らの捜査は継続していたかどうかについて検討する。

(1) 被告人長谷川を含む中郵事件の被疑者一〇名が中央署によつて逮捕され、仙台地検によつて勾留請求されるまでの経緯は本節三認定のとおりである。

(2) 右中郵事件における被疑者の逮捕の理由、必要性については、前掲取寄にかかる吉田敬三外一名に対する略式手続確定記録および右両名に対する起訴状および略式命令謄本各二通によれば、逮捕された被疑者らが中郵事件について犯罪を行なつたと疑うに足る相当の理由のあることは明らかである。また、右記録によれば、逮捕前の段階において参考人である仙台郵政局、仙台中央郵便局管理者の司法警察員および検察官に対する各供述調書によつて外形的事実については罪証隠滅をする恐れがない程度に証拠が固まつていたと認められる。しかし、同事件は多数の者による犯行であるところから、捜査官において事件の背景特に事前の共謀の有無について疑いを抱くのは当然であつて、右事実の有無が当該事件の起訴不起訴の裁定に不可欠であることもまた理解できるところである。しかも、事件後逮捕状発布前に全逓仙台地方郵便局支部書記局において、組合役員らによる書類の整理が行なわれているとの内偵報告があつたのであるから、捜査官において罪証隠滅の恐れがあると判断したのはやむを得ないといわなければならない。このことは逮捕状発布における令状裁判官による刑事訴訟規則一四三条の三による必要性判断の基準に照らして逮捕の必要性があつたと認められる(同規則は、勾留の裁判における刑事訴訟法六〇条一項の定めと異なつて、逮捕状発布の段階における必要性判断の基準を「被疑者の年齢、及び境遇並びに犯罪の軽重及び態様その他諸般の事情に照らし、被疑者が逃亡する虞がなく、かつ罪証を隠滅する虞がない等明らかに逮捕の必要がない場合……」に消極的に逮捕の必要性がないものとして逮捕状の請求を却下できると定めている。勿論右規定は裁判官による逮捕状発布の基準ではあるが、この規定は、同時に逮捕を勾留にいたる以前の短期間の身柄拘束期間として逮捕における身柄拘束の要件を緩和しているとみられる)。また、同事件においては、裁判官の司法的審査を経て逮捕状が発布されており、したがつて、中郵事件において被疑者逮捕の理由、必要性は一応具備していたというべきである。

(3) また、中郵事件における捜査の実情について考察してみるに、前掲被告人両名の当公判廷における供述、証人菊地博、同曳地邦男の当公判廷における各供述、第一〇回公判調書中の証人阿部孝夫、同宍戸幾治の各供述部分、取寄にかかる略式手続確定記録(全二冊)、略式命令謄本各二通を総合すれば次の事実が認められる。

(イ) 被疑者ら逮捕前、中郵事件については、事件当日の昭和四四年四月三〇日仙台中央郵便局管理者からの中央署に対する通報により発覚し、五月三日正式に同郵便局長半田東一名義で中央署に告訴され、その後、犯罪現場である同郵便局局長室の実況見分が行なわれたうえ、実況見分調書が作成され、被疑者ら逮捕にいたるまでに中央署および仙台地検において本件の参考人である事件当時右局長室にいた仙台郵政局、仙台中央郵便局管理者らの取調べが行なわれ、供述調書が作成されている。

(ロ) 被疑者らは、前記本節三認定のように同年五月一六日午前六時から午前九時までの間にそれぞれ逮捕されたのであるが、逮捕と前後して中央署は、裁判官の捜索・差押許可状にもとづいて被疑者宅の捜索を行ない、特に右捜索にもとづき被疑者吉田敬三方からは多数の証拠物が押収され、同日さらに仙台中央郵便局内の組合書記局が捜索、差押を受け、証拠物が押収されている。

被疑者らの逮捕中の取調べは、一応中央署、仙台地検において被疑者らの弁解録取がなされたほか、五月一六日、一七日の両日にわたつて中央署で被疑者らの本籍地、現住所、氏名、家族構成及び職業等の身上関係の質問がなされた他、中郵事件の内容について若干の質問はなされたものの被疑者らが黙秘しているため事件内容の取調べはそれ以上に進展しなかつた。もつとも、この間に右被疑者らに対して鉄郵事件についての尋問は若干なされたものの、全体として被疑者らについての取調べは簡単であつた。

一方、右被疑者らの逮捕の期間中も、中央署において前記仙台中央郵便局長半田東一、中郵事件の発端となつた組合員家族に対する局長名の手紙の相手方である三名の父兄の取調がなされている。

(ハ) 右被疑者の逮捕後、仙台地検によつて被疑者らの勾留請求がなされ、右請求が裁判官によつて却下された経緯については本節三の(5)認定のとおりであるが、その後も、仙台地検によつて参考人数名の取調べがなされた上、中郵事件については最終的には前記一〇名の被疑者のうち二名についてのみ、即ち吉田敬三につき暴力行為等処罪ニ関スル法律違反、阿部喜八郎につき脅迫、暴行により昭和四四年七月六日仙台簡易裁判所にそれぞれ略式命令請求がなされ、同年八月四日右両名に対し罰金刑が言渡され、同月二一日異議なく確定し、他の八名の被疑者については不起訴処分がなされている。

中郵事件における被疑者ら逮捕の実態及びその捜査は、以上認定のとおりであり、この中郵事件における逮捕中に、鉄郵事件についての被疑者らの追及が格別行なわれたわけではなく、右逮捕は中央署の段階までは主とし中郵事件のために利用されたものであつて、別段中郵事件の逮捕自体は、違法、不当な別件逮捕ではないと認めるべきである。

右中郵事件での被疑者らの逮捕を利用して鉄郵管理者らに被告人長谷川を含む逮捕者の顔写真を見せたり、中央署において取調中の被疑者を脇からのぞかせたり、廊下を歩く被疑者らの姿を見せたりした事実は本節三認定のとおりであるが、中郵事件での逮捕の理由、必要性があり、被疑者らに対する中郵事件の捜査が右のとおりつづけられているかぎり、右事実は被疑者らの人権に対する何らの侵害ともなつておらず、先の本節(一)の余罪捜査の限界の基準に照らしても、到底違法、不当な捜査とは認められないものである。

(三)  次に、前段で除外した勾留請求後の北署への引致と、その間の余罪捜査の適法性について考察する。

被告人長谷川を含む中郵事件の被疑者らが勾留請求後逮捕状記載の引致場所である中央署と異なる北署に連行され、同所で鉄郵事件関係者による面通しがなされた経緯は本節三の(5)認定のおりであるが、そこで認定した事実よりして右北署への連行が専ら鉄郵事件の捜査目的のためだけであつたことは明らかである。

当裁判所は、結論的に言つて右北署への連行ならびに被疑者らの面通しが次の二点即ち(1)勾留請求または勾留請求却下後の強制的方法による余罪捜査(2)逮捕後の被疑者引致場所の変更がその許される限度を超えているという点で北署における被告人らの面通しが違法、不当であると考える。以下この点について述べる。

(1) 勾留請求、勾留請求却下後の余罪捜査の問題

刑事訴訟法二〇三条以下の規定は、公訴提起前の身柄拘束につき厳しい時間的制約を定め、同法二〇五条一項は、司法警察員より検察官に被疑者が送致された場合において、検察官は、身柄を受け取つた時から二四時間(同条二項はさらに被疑者の身柄拘束の時から七二時間)内に裁判官に被疑者勾留の請求をしなければならず、同条三項は右時間の制限内に勾留の請求又は公訴の提起をしないときは、被疑者を釈放すべき旨定めている。右規定はその反対解釈として、制限時間内に被疑者の勾留請求がなされるかぎり、右制限時間後も被疑者の身柄を拘束し得るということになる。

ところで、右勾留請求後被疑者の身柄を拘束し得るのは、形式的には逮捕状の効力に基づくものであるが、その本質は、裁判官が勾留請求の当否を審査するための必要上認められた暫定的な期間であつて、その期間はそれ以前の四八時間ないし七二時間の逮捕の制限時間内の身柄の拘束が公訴提起ないし勾留請求のための捜査の遂行期間として積極的な存在意義を有するのに対し、消極的な理由に基づくものである。

従つて、かような消極的な理由から延長された身柄拘束の期間を利用して捜査機関が被疑者の取調とか被疑者の意思に基づかない面通しなどをすることは許されないと考える。ましてや本件北署における鉄郵参考人による面通しは、裁判官による勾留請求却下という身柄拘束の継続について、一応否定的判断がなされた後に逮捕状記載の被疑事実と異なる別件である鉄郵事件の捜査のため被疑者に対する何らの説明もなくしてなされた面通しであつてかような行為は刑事訴訟法二〇三条以下の規定を潜脱する違法、不当な捜査方法と断ぜざるを得ない。

(2) 逮捕後の拘置場所の変更の問題

逮捕状には、被疑者を引致すべき官公署その他の場所を明示すべき規定している(刑事訴訟法二〇〇条一項)。ところで、逮捕は、被疑者を逮捕状に明示している引致場所に引致することによつて、一応終了する。法は被疑者の引致後一定の手続を踏んだ後、必要があれば一定期間に限つて被疑者の留置を認めるが(同法二〇三条ないし二〇五条)、被疑者を留置すべき留置場所について明示していない。しかし、逮捕状記載の引致場所と留置場所とは一応概念としては区別すべきものであるが、逮捕後の留置は、逮捕の効力として引き続き一定期間被疑者の自由を拘束するものであるから、通常引致場所と留置場所とは同一であるのが原則であり、これが法の建前であると考えられる。

ところで、かようにして被疑者が逮捕され一定場所に引致、引き続き留置された後において、捜査機関がその留置場所を自由に変更できるかは問題である。即ち、法は、逮捕中の被疑者の地位について、勾留中の被疑者の地位と比較すると、弱く不安定なものとしている。すなわち、逮捕中の被疑者は、刑事訴訟法三九条一項以外の者との接見交通権はなく(同法二〇九条による八〇条の準用なし)、勾留通知のごとき保障もない(同法二〇九条による七九条の準用なし)。また、逮捕に関し、独立の不服申立方法もない。そうすると、逮捕中の被疑者の実質的な防禦としては、弁護人との接見交通権(同法三九条)が極めて重要な殆んど唯一ともいうべき被疑者の防禦方法となるわけである。而して、右被疑者と弁護人との接見交通のためには被疑者の留置場所の決定は極めて重要である上、その被疑者のいわゆるたらい回しが行なわれるとするならば、右権限の行使は殆んど不可能となるであろう。

ところで、同法二〇九条の準用する七五条は、一応引致場所に留置施設のない場合に、引致場所と留置場所が異なる場合を予定しているものと言える。しかし、この規定は、留置場所の物理的事由によつて(右のように引致場所に留置施設がない場合や、留置場所の収容定員の関係等)、被疑者の留置場所を変更する場合の規定であつて、右規定からそれ以外の事由、特に捜査の合目的性の立場から被疑者の留置場所を自由に変更する根拠とすることは出来ないと考える。同法七五条は、もともと裁判所または裁判官の命ずる勾引状の執行に関する規定であつて、その引致場所は、通常裁判所であるが、この場合、留置施設のない裁判所としては、留置施設のある警察署等の留置場所に求めるほかない。したがつて、この規定自体、本来引致場所に留置施設のない場合に、準用ある規定と理解すべきであつて、文字通り引致場所に留置施設のない場合のほか、当該留置場所での留置について物理的障害がある場合に限るべきである。従つて、その他の場合は、一応留置場所の変更は否定的に解すべきであるが、ただ次のような、物理的事由による変更と実質的に同程度の合理的な根拠がある場合は、右二〇九条、七五条の立法趣旨を汲んで、右規定を準用する余地がある。

被疑者の引致場所に共犯者ないし関係者が留置されていて、留置施設の関係から通謀その他の方法による罪証隠滅の恐れがある場合。あるいは、捜査の密行を保持する上において、右留置施設がその要求に答えられない場合等。

また、それが任意という意味で取調その他捜査の為、被疑者の同意を得て留置場所を変更する場合も許される余地がある。

しかし、右以外の理由による留置場所の変更は、原則として許されないというべく、ましてや本件のように、余罪捜査の目的のために留置場所(もつとも、本件においては何も留置場所の変更といつたおおげさなものではなく、捜査のために一時的に北署に立寄つたまでであるとの考えもできようが、先の被疑者と弁護人との接見交通の保障という立場から考えた場合、被疑者自身の所在場所の変更は留置場所の変更と同一次元において論ぜられる問題である)の変更は、被疑者の同意のない本件においては許されないと考える。

以上、二点から、本件北署で中郵事件によつて逮捕された被告人らを鉄郵事件参考人に面通しさせた捜査方法は、刑事訴訟法二〇三条以下の被疑者留置期間の定め、同法二〇〇条の逮捕者引致場所記載の意義を実質的に無視した違法、不当の捜査方法と認めざるを得ないばかりか、より実質的には前記の許される余罪捜査の範囲を超えたものとして令状主義を定める憲法三三条、不法拘禁からの自由(特に右自由の実質的保障のための弁護人依頼権の意義を想起すべきである)を定めた同法三四条の規定にていしよくするおそれがある行為と判断せざるをえない。

もつとも、検察官は、甲事件で逮捕された被疑者について、乙事件について短時間の被疑者の面通しすら許されないとするならば、単に面通しのためだけに乙事件でも逮捕を行なわなければならなということになり、逆に人権侵害を惹起する因にもなろうと主張するが、本件鉄郵事件について前記本節三認定のとおり、犯人の特定ができず、被疑者の逮捕は北署における面通し以前の段階では不可能であつた点を想起すべきであろう。

(四)  佐藤義男、奈良、中山の各証言中、本件佐藤義男に暴行、傷害を加えた犯人を被告人長谷川と特定した部分の証拠能力

右証言部分は、北署での被告人らの面通し以後に形成された心証にもとづく証言であることは、これまでに考察してきた事実から明らかである。ただ、この点については、次のような疑点が残る。

佐藤義男、奈良、中山の各証人が北署で被告人らを面通しする以前に本件犯人が被告人長谷川であることは、両証人たりとも特定できなかつたことは明らかであるが、面通しの結果被告人長谷川が特定され、同人に対して本件傷害被告事件について公訴が提起された後においては、右両証人は被告人長谷川と当公判廷で対面する機会を得たわけであつて、この結果と本件鉄郵局舎内で佐藤義男に暴行を加えた時に同人らが得た犯人の特徴とが一致する場合が考えられる。そして、かようにして得られた両証人の証言は何ら違法視できないわけである。しかし、この点については、次の事実を考えるべきである。両証人とも北署での面通し以前に中央署で被告人長谷川の顔写真を見、廊下を歩いたり、取調べを受けたりする同人の姿を充分見ながら、同人を本件傷害犯人として特定できなかつたわけであつて、犯人の特定のためには北署での面通しという事実が決定的な役割を果たしている。従つて、その北署での面通しを除いて、例えば前述の法廷での任意に対面しただけで被告人長谷川を犯人として特定できるか否かは甚だ疑わしいと言わなければならない。少くとも、本件全証拠によるも、北署での面通しの結果得られた心証を除いても、前記佐藤義男、奈良、中山の各証人が任意に被告人谷長川を犯人として特定したと認めうる証拠はない。

してみると、佐藤義男、奈良証言中、本件佐藤義男に暴行、傷害を加えた犯人として被告人長谷川を特定した部分は、北署での被告人らの面通しの結果得られた供述と認めざるを得ない。しかも、その北署での面通しは前段において考察したとおり違法な捜査方法であつた。従つて、北署での面通しの結果得られた心証がそのまま当公判廷に持ちこまれた証言部分は違法に収集された証拠である。

そこで、かような違法収集証拠の証拠能力について検討するに、一方において、かような違法に収集された証拠であつても、その収集手続が違法であるに止まり、その得られた証拠の証拠価値を何ら減殺するものではなく、実体的真実の発見のみを強調すれば、右瑕疵は当該証言の証拠能力自体に影響を及ぼすものではなく、捜査段階における証拠収集についての違法行為は別途その違法行為に対する刑事訴追、懲戒あるいは損害賠償を求める等の救済方法によるべきものであると、一応考えられるが、しかし、現実には右別途の救済方法の実効性の乏しいことは否定できないところである(別途の救済方法とされるもののうち、刑事責任の追及は、刑法一九三条、一九四条等に則り準起訴手続の制度を活用することになろうが、現実にはその実効性は疑問であるとともに、捜査官個人の責任を問う方法は、個々の捜査官の違法行為が往々全体的な捜査方法の一端としてなされる点においても、その処罰の対象を誰にするか等を考えると、なおさらである上、損害賠償、懲戒の請求、その手続のわずらわしさ、懲戒権者に対する期待薄等を考えるべきである)。従つて、政策的に考えても、かような捜査官による今後の違法捜査を防止する意味において、かような違法な証拠は、公判の証拠から排除するのがもつとも直截で効果的であると考えられる。他方より根本的には、かような違法収集証拠を採用して被告人を処罰することは、憲法三一条の定める適正手続条項に反するものといわなければならない。同条項は、もつぱら公訴提起後の適正手続の保障を規定したものと考えられるが、捜査段階において違法に収集された証拠を利用して被告人を処罰することはひいては公判手続自体の適正手続の保障を侵す結果となるものである。従つて、まず、佐藤義男、奈良、中山の各証言中、北署での同人らの面通しによつて得られた心証をそのまま当公判廷に持ち込んで本件犯人を被告人長谷川であると特定した証言部分の証拠能力は否定されなければならない。

五結論

以上の次第であるから、本件公訴事実中、被告人長谷川に対する傷害被告事件については、右傷害が被告人長谷川の暴行または同人と他の者の共謀によつてなされたとの確信を得るだけの証拠がないから結局犯罪の証明がないこととなる。この点は同被告人の判示第一の建造物侵入の罪と牽連犯の関係にあるものとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

(被告人および弁護人等のその他の主張に対する判断)

被告人および弁護人等の事実上および法律上の主張は多岐にわたるがそのうち特に強調している次の点について判断する。

(一)被告人長谷川に対する建造物侵入被告事件について(1)構成要件該当性を欠き(2)違法性を阻却する点、(二)被告人斎藤に対する傷害被告事件について、その犯罪の立証がないとの点、(三)本件各公訴事実全体について公訴が棄却されるべきであるとの点。

一被告人長谷川に対する建造物侵入罪の成立を否定する主張に対する判断

1 弁護人は、被告人長谷川の鉄郵局舎内への侵入行為について、同人は、公訴事実記載の日時、場所において既に他の労組員によつて開放されていた鉄郵局舎内に通常の局舎利用即ち局舎内での組合活動をする目的で入つたものであるから、被告人長谷川には違法な侵入行為そのものがない旨主張するので、まずこの点について考えるに、前掲各証拠によれば、本件事件当日(昭和四四年五月一日)、午後五時五分頃、鹿野司、銀木鳩彦、小沢某、渡辺某の四名の者によつて局舎北渡り廊下東端から二番目の窓のガラス戸二枚が外され、右窓ガラス戸は一旦直ぐ下の地面に局舎に立てかけられて置かれたのであるが、被告人長谷川は右四名の集団より後部にいて右はずされた二枚の窓ガラス戸が局舎に立てかけられたのを見るや、そのガラス戸が労組員によつて破損され、そのことが後日管理者によつて問題にされるのを恐れ「毀すな」と叫んだ上、右窓ガラス戸を鹿野司とともに同所から数メートル東の玄関脇の壁に持つて行つて立てかけ、その後自らも判示認定のようにガラス戸の外された窓から局舎内に侵入したのであるが、被告人長谷川が局舎内に侵入した時には既に数名の労組員が局舎内に侵入していた事実が認められる。(この点について、検察官は前掲佐藤義男証言をもとにガラス戸がはずれた時同所より窓をのりこえて先頭になつて局舎内に侵入したのは被告人長谷川であり、同人は窓から侵入する時佐藤義男のネクタイを掴んで引つ張り、右佐藤の体にぶつかつた上無理矢理侵入した旨主張するが、右佐藤義男証言が先頭に窓から侵入した労組員を被告人長谷川と特定するに至つた経緯は、前掲各証拠によれば前段で考察した佐藤義男に対する傷害の犯人を特定するに至つた経緯と同様であり、最終的には北署における面通しの結果特定されたものであつて、この点の佐藤義男証言は前段で述べたと同一理由によつて違法収集証拠として排除しなければならない上、このことをしばらくおくとしても、この部分の佐藤証言は、その信憑性を弾劾するため弁護人より提出された同人の司法警察員に対する供述調書と比較検討すれば、到底措信できないものである。そうすると、この点の検察官の主張についてはこれを認めるに足りる証拠がないことになり、かえつて、被告人長谷川の当公判廷における供述、証人鹿野司、同佐藤邦夫、同鈴木鳩彦、同佐藤吏の当公判廷における各証言によれば、本文記載の事実が認められるわけである)

弁護人は、右事実を前提として、被告人長谷川は既にはずされていた窓ガラス戸を後になつて発見し、自らは当時鉄郵局前抗議に動員されていた組合員の指導者である中郵支部書記長の地位にあるところから、先に入つた若い組合員らが庁舎内に入り、どのような行動をなすのかを見届け、かつ、これらの組合員の行動を監視し、違法の行為がないように統制するため、あいていた窓から局舎内に入つたにすぎないから、建造物侵入罪の構成要件該当性がない旨主張する。

しかし、右弁護人の主張については一応右主張に沿う被告人長谷川の当公判廷における供述(特に同人の当公判廷における最終陳述)があるが、右以外にこれを認めるに足る証拠がないところ、右供述は前掲証拠中証人鹿野司の「窓がはずれた時、長谷川の声で『毀すな』という声が聞こえた」旨の供述部分、証人佐藤邦夫の「自分達が窓をかたかたやつている時、長谷川が窓の下にいた」旨の供述部分から到底措信できずかえつて右各証言によれば判示認定のように被告人長谷川自身、前記窓ガラス戸二枚が労組員らの手によつてはずされた時、その近くにいてその状況を充分了知していたと認めざるを得ない。勿論、当裁判所は右事実のみから被告人長谷川と先頭集団として局舎内に侵入した労組員との間に建造物侵入についての共謀関係が成立したと認定するわけではなく、この点は右事実に、前認定の被告人長谷川自身がその直後、こじあけられた窓から侵入したという事実並びに同人は「私は若い組合員らがちよう発にのらないように注意する気持で入つた」旨弁解しているが、他の若い組合員らが先に侵入する時はもとより局舎内でも格別若い組合員らの行為を制止した事実は本件全証拠によるも認められない(同人は当公判廷で一階の東階段の所で管理者と組合員が対峙していたのでかき分けて行つたら既に管理者は階段の上へ登つて行つた旨供述するが、他にこれを認めるに足る証拠はなく到底措信できない。)点を合わせ考えて、数名の労組員が先に局舎に入るその時点においてそれらの労組員と被告人長谷川との間に住居侵入についての共謀関係が成立していたと判断したわけである。

そうすると、なるほど仙台鉄道郵便局庁舎は公の目的のために供用されるべき公物であるから、例えば一般人による庁内見学等の庁舎の利用については、庁舎の維持や本来の執務に支障のない限り無制限にその利用を禁止すべきではなく、このことは法律上認められる労働者の基本的権利の維持に必要な範囲における庁舎の利用についてもこれを例外とする理由はないと解せられるが同時にその利用の方法、手段についても社会通念上相当と認められる限度の制約を受くべきことも当然といわなければならないところ、本件は、被告人長谷川が仙台鉄道郵便局長およびその命を受けた管理者が明らかに入室を拒否している局舎内に一〇数名の労組員と共謀して集団でしかも窓から監視の管理者に体当りしたうえ侵入したという事案であつて、被告人の該行為が少くとも住居侵入罪(本件はそのうちの建造物侵入罪)の構成要件に該当することは疑いない。

本件は判示認定および後記のような全逓側と郵政省側との意見の対立および両者の抗争状態の中で、被告人長谷川らは右郵政省側のとつた措置に対する抗議行動の中で発生した事案であつて、この点についての当裁判所の見解は後に述べるが、弁護人は、右背景的事情によつて被告人の本件行為が建造物侵入罪の構成要件に該当するかどうかを判断しているが、この点は後記違法性を判断するにあたつての考慮されるべき事項といわなければならない。

2 次に弁護人は、被告人長谷川の本件行為は違法性を欠く正当な行為であるとし、その理由として

(一) 郵政省が昭和三六年頃から打ち出してきた職場規律の確立のための諸政策特に一面では職場内でのいわゆるしめつけ、すなわち強権的労務管理、他面では組合活動を封じ直接的に全逓の組織を切り崩す政策が労働者の立場からみた場合、労働条件の低下、従来組合員が全逓の組合活動を通じて確保して来た諸権利の剥奪をもたらし、鉄郵局管理者の判示認定のような労務管理政策は、右郵政省側の政策を忠実に実行しようとしたものにほかならず違法、不当な措置である。

(二) また鉄郵当局が右宮城地区本部の本件犯行に至るまでにとつた鉄郵当局に対する抗議行動に対して、庁舎の封鎖なかんずく組合事務所への出入までも禁じ組合活動自体の弾圧と封じこめという手段によつて対処しようとした態度は労働運動の否定であり違法な処置というべきである。

(三) 以上のとおり鉄郵局管理者(その代表者局長常陸銃郎)のとつた一連の労務管理政策、局舎封鎖の各措置は違法、不当なものであり、これに対して本件は被告人長谷川が既に開放されている局舎の窓から組合活動としての抗議集会その他に利用する目的で局舎内に入つた事案に過ぎず、しかも同人が局舎内に止まつた時間はわずか五分程度の極めて短時間であり、従つて被告人の本件行為は労働組合法(以下労組法と略称する)一条二項本文に該当する正当な行為であるか、あるいは、いわゆる実質的違法性を欠く旨主張する。当日宮城地区本部からの動員要請に応じて被告人らが鉄郵局舎前に集合したのは、鉄郵当局のそれまでの労務管理政策およびメーデー当日の当局の組合員に対してとつた行為に対する抗議の目的があつたことは判示認定のとおりである。しかし、被告人長谷川を含む動員組合員が鉄郵局舎内に侵入した行為は、前掲各証拠によれば当日指揮にあたることになつていた宮城地区本部の統制を離れた行為と認めざるを得ない。しかし、被告人長谷川らが本件行為にいたるについては、判示認定およびこれに対する後記当裁判所の評価のように一定の背景的事実、鉄郵管理者による挑発と認めざるを得ない行為があり、この点は本件被告人長谷川の建造物侵入被告事件の違法性判断にあたつては無視できない点であつて、問題は、右の点を考慮しても、なお被告人長谷川の本件行為が刑罰を科さなければならない程度の良俗違反があるか否かということである。

そこで以下これらの点について検討を加え、被告人長谷川の本件行為の違法性について判断する。

(1) 鉄郵当局の労務管理政策とこれに対する宮城地区本部を中心とした抗議行動について

判示認定のように、鉄郵局では、昭和四一年庶務課長に就任した佐藤義男らを中心として職員の正常な就業、職場秩序を計るためと称し、中間管理者と言われる主事、主任(者)の会合を開催し、昭和四四年四月一日以降主任以上の職員のネームプレート着用等の対策を遂行してきたのであるが、右行為のうち主事、主任の会合については前掲佐藤義男証人に職制意識を強化するための努力の一貫としてなされたものであるが、それは鉄郵当局主催の会議というよりも自主的な集まりで鉄郵管理者はそれに招待されたものである旨供述するが、この点は前掲各証拠によつて認められるように、特に第二回目の昭和四四年三月一五、一六日の松島で行なわれた右会合では車内乗務の実態調査の名のもとに出席者に旅費が出されていることを考慮するだけでも到底措信できない。ところで対組合との関係で、右会合の性質上重視しなければならない点は鉄郵局の主事、主任のうち全逓役員には招待がなされていない上、右会議の構成員である主事、主任の大半は全逓組合員であつたということであり、右会議が私的な会議と称しながら、右のような形で旅費が出されること自体不明朗なものであつたと言わなければならない。主任以上に着用させたネーム・プレートも前記佐藤義男証言によれば職制を自覚させるための施策の一環としてなされたことは明らかである。

勿論かような労務管理政策も組合役員に対する差別もなくして通常の形で行なわれることは管理者に委された管理権の行使として当然許容されなければならないが、鉄郵局においては右労務管理政策が前記のように組合役員を差別するような形態でしかもそれが前掲証人上田文夫証言によつて認められるように組合との団体交渉の制限といつた対立の強化と機を一にしてでてきているところに問題があり、右のような一連の労務管理政策に対しその抗議の目的をもつて判示認定のように全逓宮城地区本部を中心として全逓が昭和四四年春闘の一環として抗議を決定し、庁内デモ、ビラ貼付抗議集会等を行なつたことはある程度まで鉄郵当局としても甘受しなければならなかつたと言わなければならない。

言うまでもなく、かような労働組合の団体行動といえども一定の限度があるというべく、暴力の行使にわたつてはならないのはもとより庁舎の秩序や本来の執務に著しい支障を生ずるものであつてはならず、この関係で関係証拠によれば同年四月一五日より前記組合員によつて行なわれた抗議行動がビラの貼付された枚数の多さ、執務時間にくい込む庁内デモ、庁内坐り込み等行き過ぎがあつた点は充分反省しなければならないであろうが、右のような組合の抗議行動に対して鉄郵当局のとつた行為は組合との話し合いを拒否し、判示認定のような組合活動の場である組合書記局への出入りまでをも規制した厳しい入門規制として現われており全体として五月一日に至るまでの当局の前記のような組合の抗議行動に対してとつた措置は柔軟性を欠いた硬直な態度であつたと言わなければならない。

(2) 昭和四四年五月一日に鉄郵当局のとつた措置について

判示認定のように、当日はメーデーの日にあたつていたところ、当局では、そのメーデー行事終了後、全逓労組員による抗議行動を懸念し、職員登庁後正面玄関出入口を除く局舎各出入口を施錠し、午後からは玄関出入口も施錠していたところ、午後二時すぎメーデーの集会、行進が終了し、支部組合員らがプラカードを片づけ、荷物をとるため、局舎内組合書記局へ入ろうとしたところ、局舎はすべて施錠され、入口には管理者が監視しており、これら管理者は組合の求めに応ぜずそのため組合員は他人の手を通じて荷物を運び出して貰うとともに、プラカード等を他所に預けることを余儀なくされた(もつともこの点について検察官は、当局側が入局の理由を問いただしても、組合員が理由を明らかにせず、しかも佐藤義男と上田文夫鉄郵支部長との間で電話による交渉が持たれたのにかかわらず、上田支部長も入局の理由を明示せず、しかも平穏に立ち入ることの確約をなさなかつたため、交渉が決裂した旨主張し、佐藤義男証人は右主張に沿つた証言をするが、前掲奈良証言によれば、この点「五月一日は官の仕事以外の人は局舎内に入れない方針であつた。組合の仕事は右官側の仕事に入らない」旨供述し、当日管理者側の一員として局舎監視にあたつていた奈良証人自身が右佐藤証言と異なる証言をしており、佐藤証言を文字通り受け入れて当局も組合側が組合書記局より荷物を出したり同所にプラカードを入れる事情を明らかにすれば組合員を入局させる意思があつたか否かは甚だ疑わしいと言わなければならないし、第八回公判調書中の証人阿部豊蔵の供述記載によれば、当局側では当日組合員がメーデーに参加する際、組合書記局に何人かの者が組合書記局に上着等を置いて行つたことはわかつていたこと、およびメーデーから帰つて来た組合員が佐藤義男に荷物をとるから入れろと述べた事実が認められ検察官の右主張は採用できない。

ところで、右のような当局の態度は組合運営に対する不当な支配介入と言わなければならない。

即ち、わが国のように企業内組合が支配的なところにおいては、どうしても企業施設を利用しなければ、日常の組合活動はなりたたない面があり、使用者の施設管理権(庁舎管理権)も組合活動の便宜を考慮して制限されなければならない点があるところ、メーデー行事に参加し、それに使用したプラカード等をしまうが如きは勿論正当な組合活動であり、それに対して施設管理権を理由に組合事務所への立入りを妨害するが如きは到底正当な施設管理権の行使とは言えないものであり、かえつて組合運動に対する不当介入と言わざるを得ない。

しかも、判示認定のように当日朝、鉄郵組合員がメーデーに参加するため局舎玄関前に集合した時も佐藤義男は玄関前に出てきて、メーデーに参加しようとする支部組合員に向つて特定の政党支持は公務員法に違反すると述べ他の管理職員に写真をとらせており、この様なメーデー当日の鉄郵当局のとつた措置には違法、不当な色彩が強く、特に前記佐藤義男の言動は組合に対する不当な挑発的行為であつたと評価せざるを得ない。

(3) 被告人長谷川の本件行為の違法性について

(イ) まず被告人の本件行為が、労組法一条二項本文に定める正当(業務)行為といえるかどうかについて検討するに、公共企業体等労働関係法(以下公労法という)三条に照らすと、公共企業体等の職員についても労組法一条二項の適用があることは明らかである。そして被告人長谷川の本件行為は右(1)(2)において検討した鉄郵当局の違法、不当な行為に対する抗議行動を含む組合活動の一環としての行為といべきものであるから同条項にいう「その他の行為」に該当するものと解せられる(なお、前掲各証拠および判示認定事実((特に当日被告人長谷川らが鉄郵局舎前に動員されたのは鉄郵当局の従来の労務管理政策や、メーデー当日の支部組合員に対してとられた入室拒否等に対する抗議の目的であつた))を考えると、被告人長谷川らの局舎侵入行為は前認定のように全逓宮城地区本部の統制を離れた行為であつたとしても、なお全体としてその目的は組合全体の意思にかなつた鉄郵管理者に対する抗議の目的をもつた組合活動としての行為といえる)。

そこで、右行為が同条一項に掲げる目的を達成するためにした正当なものと言えるかどうかについて考えるに、およそかかる正当性の有無は、本件のように労使対立の激化の中で起つた組合活動に伴なう刑事事件においては、使用者側(本件では鉄郵管理者側)の態度をも含めた労使対抗の場を具体的現実的に把握した上で具体的行為の目的および手段の両面に亘つて、刑罰を科するに足る程度の良俗違反を持つかどうかということを決すべきである。ことに本件にいわゆる組合活動のように、管理者側の違法、不当な行為があるような場合には、これに対する抗議を含めた組合側の闘争手段が、通常の労働争議等におけるそれと比較してある程度激しくなるのもやむを得ないものがあるといわざるを得ないであろう。しかし、被告人長谷川の本件行為の態様は一〇数名の多数組合員と共謀の上、勿論自らは判示認定のとおり、その全部の実行行為者ではないとしても尚共謀者の一人としてその責任は免れないところ、施錠された窓をこじあけ窓枠ごと取り外した上、管理者の抵抗を排除して局舎監視の管理職員に体当りの上なされた侵入行為であること、しかもその組合活動の目的との関連で、本件抗議目的は出入りを禁止された組合事務所へ入る緊急の必要性がなかつたこと(この点は本件全証拠によるも被告人長谷川自身が特別に組合事務室へ行く緊急の必要性がなかつたことは明白である)、他方において、住居の平穏もまた刑法が一三〇条の規定をもつて保護しようとした重要な法益で決して軽視することの許されないものであることを考慮すると、被告人長谷川の本件侵入行為は先の当局の違法、不当な行為によつて挑発された点があることは認めるにやぶさかでなく、右の点で被告人長谷川の行為の違法性、ひいてはその責任の程度を幾分軽くすることはあつても、その手段の暴力的である点においてもはや正当と認められる限界を逸脱した行為と判断せざるを得ない。

されば、被告人長谷川の本件行為は、労組法一条二項本文に定める正当(業務)行為とはいえない。

(ロ) さらに進んで、被告人長谷川の本件行為は刑法の定める定型的な違法阻却事由のいずれにも当らないが、一般に、法規で定める違法性阻却事由に該当しない場合においても、なお刑法三五条の趣旨に照らし、法秩序全体の精神にもとづいて実質的に違法性の阻却される場合の存し得ることは、極めて例外であるにせよこれを認めなければならないが、すでに述べた被告人長谷川が本件行為によつて達しようとした目的(労働者の生存権)と侵害された法益(建造物の平穏、不可侵性)との比較衡量、特にその目的の緊急性の要請の欠如等を考慮すると、被告人長谷川の本件行為は全法秩序にもとるといわなければならないから、右主張も採用できない。

以上の次第であるから、被告人長谷川の本件建造物侵入行為についてはその違法なことを否定できないものである。

二被告人斎藤に対する傷害被告事件について、その犯罪の立証がないとの主張について

弁護人は被告人斎藤についても前記被告人長谷川に対する傷害被告事件についてその犯罪の成立を否定すると同様の理由で同事件についても犯人と被告人斎藤を結びつける証拠が別件逮捕に基づく違法収集証拠として証拠能力が否定されるべきであるから、被告人斎藤に対して犯罪の証明がないことに帰すると主張するのでこの点について判示有罪の結論に到達した所以を補足説明する。

(一)  前記判示第二認定に使用した各証拠を総合すれば、弁護人によつてその証拠能力の有無が争われている第六回公判調書中の証人中野正男、第一〇回公判調書中の同阿部豊蔵の各供述部分(以下単に中野証言、阿部証言という)の傷害犯人と被告人斎藤とを結びつける証言部分を一応除外したとしても、判示第二認定のとおり、中野正男が暴行、傷害を受けたことは被告人斎藤が実行行為者の一人であるかあるいは少くとも共謀関係者の一人であることを除いてこれを認める。

(二)  ところで、問題は被告人斎藤が右中野に対する暴行、傷害の犯人であるか否かであるが、これを認めうるに足る証拠としては、前記中野および阿部の両証言並びに証人加藤雅弘の当公判廷における供述が存在する。

しかし、右中野証言については、同人の右証言および司法警察員に対する供述調書三通によつて明らかなように、同人が当日(昭和四四年五月一日)午後五時六分頃、鉄郵局舎一階調査課送状綴保管室前廊下(以下単に送状綴保管室廊下という)において、同人に二回体当りした男を(右の男は、その後も中野に暴行を加えた労組員の中にいたわけであるが)、確定的に被告人斎藤と特定するに至つたのは前記被告人長谷川の傷害被告事件について考察したと同じく、中郵事件で逮捕中の被告人斎藤を勾留請求後、北署で右中野に面通しをさせた結果である。従つて右中野証言の被告人斎藤についての特定部分の供述は前示考察したと同一理由でその証拠能力を否定せざるを得ないわけである。

しかし、次のような阿部証言、同人は、五時五分か六分頃湯沸室にいたところ、外の組合員が窓が開いたと叫んだ後、庁舎うしろの出入口にいた組合員が第一棟との渡り廊下の方へ走つて行くのを見て、玄関が破られたなと直感してすぐ玄関の方へ走つた旨のくだりの後、「すぐ玄関の方へ走りました。玄関の調査課入口付近迄走りました。……走つて、玄関を、人を見わたしまして、その見わたした瞬間、調査の倉庫入口付近でドシンという音がしました(注、ちなみに司法警察員作成の実況見分調書によれば調査課倉庫は送状綴保管室の東隣り位置している)……私は玄関に向つて右側を走りました。そして右側を走つて玄関へ走つて、止まつて見わたした瞬間、調査課の倉庫、私の来た方向と反対側の方向の調査課の倉庫入口付近でドシンという音がしました。見ましたら中野計画課長がおりました。……廊下の板べいにもたれかけており、前に二名おり、一人は、板べいに近い方のものは、大体中野課長と非常に間隔が近く、大体三〇センチぐらい離れておつたと思います。そして手を拳闘型にかまえて、左の肩を上げてるような状態でした。そして、今にも体を前へ、まあ突進するようなかまえでした。……頭髪は短髪刈りでした。服の色は官服のような感じを受けました。……四月二一日ごろ、とにかく日にちは、はつきりしませんが、前にいつも目立つた存在であつたので私ばかりじゃなく殆どの者が知つておりました。斎藤正規と聞いております……」旨述べており、同人の司法警察員に対する供述調書二通によれば同人は以前より斎藤という名前は聞いていたものの顔と名前が一致せず、北署における参考人としての取調べの段階で、被告人斎藤の顔写真をみせられて、前記公判廷で述べている斎藤被告人を確定的に特定した事実が認められる。

そうすると同人が当公判廷で述べているような初期の段階で斎藤被告人を知つていた旨の供述は措信できないが、なお同人は北署における面通し以前に被告人斎藤を中野に対する暴行、傷害の犯人として特定してきた事実が認められ、前記考察のように被告人らの北署における面通し以前の中央署における顔写真の撮影は適法な捜査方法であり、適法に撮影された被告人らの顔写真を鉄郵事件参考人である阿部証人に見せてもこれまた適法であるから、前記阿部証言はこれを適法に収集された証拠として維持できるところ、阿部証言は中野証言の被告人斎藤との特定を除外した同人の受けた暴行の態様とほぼ一致しており、しかも中野正男が当日労組員によつてて暴行を受けたのは判示第二記載の日時場所に限られる(中野証言にによつてこれを認める)ことを合わせ考えると被告人斎藤の中野正男に対する判示暴行、傷害は証明あつたものとして認めざるを得なくなるわけである。

さらに前掲加藤雅弘証言は、右中野正男と被告人斎藤とが送状綴保管室前付近でネームプレートの問題でやりとりし、肩で押し合いをしていた状況を目撃していた旨供述し、この供述もまた被告人斎藤が少くとも中野に暴行を加えた労組員集団の中にいた事実を推認せしめる有力な証拠であり、右前記中野、阿部両証言と相まつて被告人斎藤の本件犯行を証明している。

(三)  以上の次第であつて、被告人斎藤の本件犯行は適法に収集された証拠によつてこれを認めうるわけであるから、弁護人の前記被告人斎藤の本件犯行を否定する主張は採用しない。

三公訴棄却の主張について

弁護人は、本件起訴は、捜査当局が被告人両名を含む一〇名の全逓労組員を別件である中郵事件の被疑者として逮捕し、これを利用して本件の被害者と称せられている鉄郵管理者に被告人らを面通しさせたことによつてなされたものであり、そして右中郵事件の逮捕は違法、不当な別件逮捕そのものであり、そうすると本件起訴は別件逮捕によつて得られた証拠を基礎としてなされたことになるから、公訴提起手続自体が違法である。したがつて本件公訴は棄却されるべきである旨主張する。

既に検討したように、当裁判所は中郵事件における被告人両名を含む一〇名の全逓労組員の被疑者としての逮捕行為自体は何ら違法なものではなかつたと考える。従つて、その後の中央署における留置自体も適法であり右被疑者らの顔写真の撮影、中央署における中郵事件の捜査と併行した形での鉄郵参考人に対する同人らの面通しもこれ又適法と考えたわけである。そうすると前段検討した如く被告人斎藤に対する本件起訴手続には弁護人が主張するような何らの違法もなく、勿論その公訴提起行為は適法である。

しかし、被告人長谷川に対する本件起訴手続については、右被告人斎藤と異なる事情がある、当裁判所は、右別件逮捕に対する弁護人の主張について判断した際、被告人長谷川に対する傷害被告事件の証拠中犯人と同人を結びつける証拠について、それがいわゆる典型的な意味での別件逮捕ではないにしても、北署での別件(鉄郵事件)のためだけの面通しが許される余罪捜査の限界を超えたものとして違法な捜査手続によつて得られた違法収集証拠であると認定した。

従つて右証拠は同所で証拠能力を欠くとして右被告人長谷川の傷害被告事件についての証拠から排除したわけであつて、この結果が同人の右被告事件についての無罪をもたらしたわけであるが、尚右北署での面通しがなかつた場合本件公訴提起自体が可能であつたか否かについて検討してみるに、右北署での鉄郵事件の参考人に対する面通しがなかつたなら、そもそも鉄郵事件と被告人長谷川とを結びつけることは不可能であつたと考えられる。故に傷害被告事件についてはもとより建造物侵入の関係でも被告人長谷川に対し公訴は提起できなかつた筈である。

従つて、被告人長谷川に対する関係においては弁護人の右主張を検討しなければならない。ところで、捜査から公判の裁判に至る一連の手続中のある段階に違法な点があつた場合、以後の手続の効力が一律に影響を受け無効とされると言う考え方をとりえないことは明らかである。

刑事訴訟法は、刑事被告人(被疑者)の基本的人権の保障とともに実体的真実発見を一方の柱として掲げており(同法一条)捜査手続が違法である場合の公訴提起行為の適否を検討するにあたつては基本的人権の保障とともに実体的真実との適正妥当な調和を考慮しなければならない。

しかし、他方捜査段階における如何なる違法も公訴の提起自体に影響を及ぼすことがまつたくありえないとすることも(おそらく)妥当でなく、現行法上の検察官に課せられた公益の代表者としての公訴提起の権限(刑訴法二四七条)、捜査段階における司法警察職員に対する一般的指揮権(同法一九三条二項)検事総長、検事長、検事正の司法警察員に対する懲戒罷免の訴追権(同法一九四条)に鑑み、検察官に対して捜査段階における適正手続保障のための監督義務を認める余地があり、捜査手続において著しい適正手続侵害があつた場合、検察官は起訴猶予をすべきものであり、これを看過して起訴がなされた場合刑事訴訟法三三八条四号を準用して被告人の処罰を放棄し超法規的な訴訟障害事由として、被告人を公判手続から早期に放免するという意味で公訴棄却の判断が許される余地がある。

しかし問題は、捜査手続にいかなる著しい違法があつた場合に公訴棄却という判断が許されるかということである。それは捜査に重大な違法があつて我々の法感情がもはや犯人の処罰を許さないような場合を考えられるであろう。しかし、少なくとも本件においては弁護人が指摘するような典型的な意味での別件逮捕ではなく、又前掲第一〇回公判調書中の証人宍戸幾治の供述部分中「面通しの時期を勾留質問が終つた後と考えたのは、毎日抗議行動(注、中郵事件の被疑者逮捕に対して)があつてそれで抗議を避ける意味でこの時期を選んだ」旨の供述から窺われるように労組員による抗議行動を避けるため結果的には却つて前記のような違法な措置に出てしまつたと認めうる余地があり、右逮捕手続における瑕疵がひいて憲法三一条の精神に反するものとして公訴提起行為自体まで無効ならしめるとは認められない。

従つて、この点の弁護人の主張も採用できない。

第二被告人斎藤に対する建造物侵入被告事件について

(昭和四四年(わ)第三八八号事件)

(事実)

(事件発生までのいきさつ)

郵政省では、昭和四四年九月ころ、郵政業務合理化計画の一環として、増加する郵便物を迅速に処理するため、仙台市一番町一丁目三番三号(旧町名地番南町七番地)所在の仙台中央郵便局(以下中央局という)に郵便番号自動読取区分機と郵便物自動選別取揃押印機各一台(以下本件機械という)を同年一一月初旬までに配備することになり、全逓信労働組合仙台中央本部(以下全逓という)側と交渉を重ねてきたが、同年一一月三日に至り同月六日午前五時三〇分から同六時を期して本件機械を中央局に搬入することを決定した。

他方、右機械の中央局配備を同年九月ごろ中央局から知らされた全逓信労働組合東北地方本部(以下東北地本という)、全逓信労働組合宮城地区本部(以下宮城地本という)および全逓信労働組合仙台中央郵便局支部(以下中央局支部という)は、そのころから、本件機械等の配備は時代の趨勢上やむを得ないもので、労働条件の悪化さえ防止できるならば導入を認めざるを得ない、との基本的立場に立ち、東北地本は仙台郵政局と、中央局支部は中央局とそれぞれ併行しながら本件機械配備後の労働条件の改善に主眼をおいて交渉を重ねてきたが、搬入予定日直前の同年一一月五日午後五時こうに至つて、組合側の上部団体で決定権限をもつ東北地本と仙台郵政局との間で、導入にあたつては人員整理は行わない、その他の労働条件については継続して話し合うとの合意が成立し、これにより大綱が妥結したとして、全逓としては本件機械搬入に際し、組合活動としての実力阻止行動はとらない旨の方針を打ち出すに至つた。そこで東北地本は同日午後五時ころから六時ころまでの間、中央局構内中庭において、全逓労働組合員約三〇〇ないし四〇〇名の参加を得て集会を開き、東北地本と宮城地本の各委員長が右妥結に至つた経過を報告し、合わせて組合としては本件機械搬入に対して実力阻止行動はとらない旨の組合の方針を説明した。

しかし、右集会終了後これに納得しない宮城地本青年部が、その場において若手組合員ら約一四〇名の参加を得て独自の集会を開き、労働条件等については何らの解決をみぬままに大綱が妥結したとして事態の収拾をはかつた右全逓上部機関の態度に抗議し、構内で激しいデモを展開するなど、本件機械の導入にはこれに反対する空気がなお強く残存した。

その後、同日深夜に至つて中央局当局は、若手労働組合員およびこれに同調する一部学生らが、本件機械搬入に対し実力阻止行動を行なうとの情報を得て、これに備え、中央局の庁舎管理権者である局長宇留野志郎の命令に基づき、同局次長石田武治の指揮により同日深夜から翌六日早朝にかけて警備体制を整え、翌一一月六日午前四時四〇分ころから、本件機械搬入口である同局南側通用門付近に通用門鉄扉を中にはさんで、前面(門の外側)に約三〇名、後方(門の内側)に約一〇名の警備班員の管理職職員を配置するなどして構内への無断立入り禁止措置を講じていた。

(罪となるべき事実)

被告人斎藤は、熊谷清治、曳地邦男ら一〇数名の全逓若手労働組合員および右同人らに同調する藤山卓三ら学生一〇数名、合計二〇数名の者と、昭和四四年一一月六日午前五時三〇分ころ仙台市片平丁所在の東北大学片平本部構内に集合し、当日早朝行われる予定の中央局への本件機械搬入に対し、結局は阻止できないとしても、実力阻止行動を行なうとともに同局構内中庭において抗議集会を開くことによつて当局側および大綱妥結に踏み切つた組合上層部への批判意思を表明しようと相談のうえ、その場から藤山は前記学生のうち一〇名位とともにヘルメットをかぶり覆面をし、被告人斎藤は前記曳地とともに鉢巻、覆面姿となり他の者とともに四列縦隊のデモ隊形を整え、同本部北門を出て前記藤山、熊谷の指揮誘導で中央局に向い、同日午前五時五〇分ころ前記同局南側通用門前に至つたところ、前記のように警備措置をとつていた当局側が被告人斎藤らの接近を認めて右通用門鉄扉のかんぬきをかけ施錠するとともに、同扉前面に配置されていた約三〇名位の職員が二、三列の横隊となつて互いに体を密着させて被告人ら集団の構内立入りを阻止する態勢をとつたのを認めたが、被告人斎藤らは前記各目的を達するために右当局側の阻止を実力で排除して構内に立ち入ろうと決意し、ここに被告人らは同所まで集団で進行してきた右熊谷清治ほか二〇数名の者とその意思を相通じたうえ、前記隊形のままスクラムを組み、ヘルメットをかぶつて頭を下げた学生らを先頭に一団となつて、前記二、三列横隊をなしている当局側約三〇名の職員の中央部に突つ込み、その制止を排し、前記鉄扉を押し開けて同所から局長宇留野志郎管理にかかる同局構内中庭に押し入り、もつて他人の看守する邸宅内に不法に侵入したものである。

(証拠の標目)〈略〉

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人の主張の要旨は、要するに、被告人斎藤の本件行為は

(1)  郵政当局が、郵政業務合理化の名の下に労働条件の悪化をもたらすおそれのある本件機械の導入につき、組合側から提出された種々の問題点その他労働条件の保障に関する具体的協議事項につき真剣に話し合おうとせず、その未解決のままあくまでこれを強行する方針をとつた当局の強行態度とこれに対して現場労働者の権利擁護を自覚せずして当局と妥協した組合上部機関(東北地本、宮城地本)の態度に対して抗議する目的、動機に基づいたもので、憲法二一条に保障された表現の自由権を行使したにほかならず、

(2)  しかも本件当日早朝右機械が当局によつて権力の背景のもとに、不当に搬入される際であつたから、それに対し抗議行動を行う緊急の必要があり

(3)  更に本件行為は、早朝の短時間であつたから、中央局の郵便業務には何らの支障は生ぜず、またその際当局側の制止にあい多少の摩擦があつたとしても労使対立の激化している状況においては通常起る程度のものであつてそれをとらえて違法視するのは妥当でなく、また仮に右中央局局長の庁舎管理権に対する侵害があつたとしても、その侵害は極く軽微であり、被告人らの前記目的と比較すれば被告人斎藤らの本件行為の正当性が優ることは明らかであるから、結局本件程度の行為はその手段、目的においても許される妥当なものであつた。

(4)  従つて、被告人らの本件行為は社会的相当行為として構成要件該当性ないし違法性を欠き罪とならないもので、かつ憲法二一条によつて保障される表現活動としても可罰的違法性がないものである。

というにある。

しかしながら、すでに判示のとおり、被告人斎藤らは前記意図のもとに学生ら部外者約半数を含む二〇数名の集団をもつて、中央局職員数十名が門前およびその内側に警備配置につき、そのうえ施錠して構内への侵入を阻止している同局南側通用門を、スクラムを組み、ヘルメットをかぶつて頭を下げた学生らを先頭に体当りをして、強引に同構内へなだれ込んだのであつて、その手段態様は極めて過激で暴力的であるというべく、その行動に至る以前の動機は別とし、正当な労働組合活動、あるいは正当な表現活動の域を遙かに超えることはいうまでもない。

特に本件においては、すでに全逓組合上部機関において機械搬入の実力阻止行動はとらない旨の意思決定がなされたのであるから、その統制に違反してなし得る組合活動には自から限度があるというべく、被告人斎藤ら本件集団のうち相当数の者が同郵便局の職員あるいは全逓書記として、日常業務に従事しあるいは組合集会を開く際に同局構内に立入ることが認められていたとしても、同局管理者の明確な制止を前示のような手段方法で排除して同構内に押入り抗議集会を開くことの許されないのは明らかであり、また表現活動の自由というも、他人の看守する住民の平穏を前示の如き暴力的な手段方法によつて侵害してまで許されるものではない。

以上のとおり、被告人らの所為が可罰的違法性ないし違法性を欠き、また邸宅侵入罪として処罰するのは憲法二一条に違反する故に本件は可罰的違法性を欠くとの主張もその前提を欠き、採用できない。

第三法令の適用

被告人長谷川の判示所為は行為時においては刑法六〇条、一三〇条、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法(以下改正前の罰臨法と略称する)三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、一三〇条、昭和四七年法律第六一号による改正後の罰金等臨時措置法(以下改正後の罰臨法と略称する)三条一項一号に該当し、被告人斎藤の判示第一の二の所為は行為時においては刑法六〇条、二〇四条改正前の罰臨法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、二〇四条、改正後の罰臨法三条一項一号に、判示第二の所為は行為時においては刑法六〇条、一三〇条改正前の罰臨法三条一項一号に、裁判時においては刑法六〇条、一三〇条、改正後の罰臨法三条一項一号にそれぞれ該当するが、いずれも犯罪後の法律により刑の変更があつたときにあたるから刑法六条、一〇条により軽い行為時法の刑によることとし、以上各所定刑中被告人長谷川については罰金刑、被告人斎藤についてはいずれも懲役刑を選択し、被告人斎藤の前記第一の二、第二の所為は刑法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重をし、右両名に対し刑期および金額の範囲内で被告人長谷川を罰金二、五〇〇円に、被告人斎藤を懲役一〇月に処し、被告人長谷川において右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間(端数は一日に換算する)同被告人を労役場に留置することとし、被告人斎藤に対しては、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用〈略〉。

よつて主文のとおり判決する。

(中川文彦 坂井宰 正木勝彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例